こちらも腹はくくってます

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結婚するのには、勢いとかタイミングとかが必要だとか。そして、腹をくくること。年貢を納めるらしいのです。

まあ、お年頃なので、いろんなところで「結婚はしないのかい?」とご親切に質問をされます。その「結婚」とは、民法第739条のことを言っているのだと思って、その度に「結婚はしませんねえ」と言っているおかげか、みんな不親切になってきて、結婚の心配をしてくれなくなってます。ありがたい。

しかし、それでも「結婚しないの。ふーん、変わってるね」という音にならないメッセージは、被害妄想的ですが、僕のところに届きます。目と目で通じ合うというやつです。
もしくはどうしても結婚を諦められないのか「そのうち結婚すんでしょ。例えば、子どもができたら……」みたいなことも言われます。
「例えば」の意味がよくわからないのですが、子どもができたら結婚(婚姻)しないといけないという決まりはないし。
その子が、婚外子だとか、父親と名前が違うとか差別をされるだけなので、そんな差別をする「世間様は可哀想ですな」と、僕らから思われるだけ。
差別主義者ってことに気づかせてあげたい。

あと、たまに「夫婦別姓が法律で認められたらするの?」とかも。ますます意味不明。

という感じで、「結婚する」より「結婚しない」というほうがどんだけ腹をくくらねばならないのかと思っている訳であります。

結婚した方がどんだけ楽か。上記のような面倒くさい質問・期待もないし(きっと出会いは?とか、子どもはまだ?とか、奥さんの手料理は?とかあるだろうけどさ)、フランスかぶれとか言われないし(第二外国語はフラ語だったけどさ)、いろいろお金も得することあるし、民間のサービスでも家族割りだってあるし。

世間様とは違ったことをするというのは、大変なのでありますよ。
自己責任なのでしょうが、選択肢が少ないというか、個人の選択を受けとめられない社会というのは肩が凝りませんかね?

「結婚するな」「結婚しているやつはキチガイだ」と言いたいわけではありません。「結婚はご自由にどうぞ、同じことを僕に求めないでくれ」という話ですね。自由に結婚できるなら、自由に結婚しないというのもありじゃん。

「結婚しないの。ふーん、変わってるね」とか、やっぱ被害妄想ですかね。気にしなきゃ良いって話ですか。
しかし、いろんな場面で「結婚はしないのかい?」と聞かれるってことは、面倒くさいのですよ。

人の結婚式でのご祝儀は取り返そうと思っておりますけどね。このままだと、あげるばっかりで、もらう機会がないし。どうしよっかなあ。

イルコモンズで、南アフリカのレゲエミュージシャン、ラッキー・ドゥベのことを知った。
懐かしい感じ。やっぱレゲエいいなあ。

焼き鳥屋さん「ひさもと」へ。落ち着く。
ブックオフ風古本屋もどきで、新書を三冊購入。
「ご臨終メディア」(森達也/森巣博)、「大人のための文章教室」(清水義範)、そして「美しい国へ」(安倍晋三)。

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